30歳からのマタニティライフ

一年の不妊治療を経て、30歳で初妊娠したオタク妊婦の日々の記録。2018年初夏に女児を出産。これからは育児ブログに移行する予定。ブログタイトルも変更予定です。

いじめで子供が、不登校になりかけた時の対処法。不登校といじめの体験談。

「子供が、いじめられて、学校を休みがち」

「このままじゃ、将来が不安。どうしよう!」

 

f:id:kawanaiseikatsu:20180304151603j:plain

ネットでは、そんな声を、ちらほら目にします。

 

私の子供は、まだお腹の中。

いじめ問題は、無関係です。

けれど、私も夫も、生粋のいじめられっ子。

人畜無害な草食動物のような性格。

 

その性格が災いして、学生時代は、よくいじめに合いました。

特に、中学時代。

だから、生まれてくる子が、いじめに合わないか、心配です。

 

私はいじめで、半不登校になった経験があります。

けれど、無事、進学し就職もできました。

今は、退職して、専業主婦です。

 

いじめが、後の人生に響かなかったのは、親のお陰でした。

今でも、親には感謝しています。

 

今回は、備忘録も兼ねて、半不登校時代にどうやって立ち直ったのか、ご紹介します。

親御さんの役に立てば、嬉しいです。

 

中学時代に半不登校になった体験談

小学校卒業と同時に、仲のいい子と離れてしまった私

小学校時代は、割と順風満帆でした。

男の子4人、女の子2人の仲良しグループで、缶蹴りしたり、ぷよぷよしたり、仲良く遊んでいました。

ぷよぷよ!!スペシャルプライス - 3DS

ぷよぷよ!!スペシャルプライス - 3DS

 

当然中学も、明るい未来が待っていると信じていました。

 

私「もう来年は、中学生だね」

友達「そうだね。受験やだなぁ~」

私「!?!?!?」

 

ジュ…じゅけん…

 

驚いたことに、仲の良かった子たちは、みーんなお受験組だったのです/(^o^)\

私は、みんなと離れるのが嫌でした。

 

私「おかぁさん!私も受験する!!!」

おかん「バカ言ってないの!うちに、そんなお金はありません。それに、今から勉強しても遅いでしょ。」

 

ガビーん(´Д`;;)

失意に打ちひしがれたまま、小学校を卒業しました。

 

中学入学、グループに入れない

中学校は、数校から生徒が集まるところも、あります。

けれど、私の場合は、通っていた小学校の生徒しか、いませんでした。

小学校の生徒が、そのまま中学に移動しただけ。

仲良しグループは、すでに確立されている状態。

仲の良かった、友達は誰一人いません。

 

始めは、何とかグループに入ろうと、努力しました。

しかし、現実を思い知ります。

 

女子生徒A「昨日のビューティフルライフ見たー?」

女子生徒B 「キムタク、マジやばィ!かっこいぃ!!」

 

私「ビ、びゅーてぃ…?キ…ム…タク…???」 

 

我が家は当時、民放を全く見ない、NHK一家だったのです/(^o^)\ 

見る番組と言えば、ニュース、クローズアップ現代大河ドラマその時歴史が動いた、コメディーお江戸でござる、とかとか…。

※私はアニメが好きだったので、見たいアニメの時は民放をつけてました。 

 

NHK「その時歴史が動いた」 幕末編 DVD-BOX

NHK「その時歴史が動いた」 幕末編 DVD-BOX

 

 

お江戸でござる―現代に活かしたい江戸の知恵
 

 

女子生徒C 「へ、へぇ…そんなに面白いんだー」

女子生徒D「知らなかった、私も…見てみよう…かなぁ」

 

私と同様、話題についていけていない生徒も、いました。

が、彼女たちは、努力家でした。

グループの中心格が見ているドラマを、欠かさずチェックするようになり、みるみるグループに溶け込んで、いきました。

 

もちろん、ドラマ以外の話題もありました。

CanCamなどのファッションの話題、ジャニーズ系の芸能人の話題、J-POPの話題などなど。

CanCam(キャンキャン) 2018年 04 月号 [雑誌]

CanCam(キャンキャン) 2018年 04 月号 [雑誌]

 

 

 

私は、2次元大好きなオタク。

知っている芸能人は、所ジョージビートたけし、くらい。

音楽は、深夜ラジオをちょこっと。※もちろんアニソン

 

話題に全くついて行けず、グループの隅で沈黙する私。

他のグループにも、顔を出しましたが、みんな同じような話題。

 

「昨日のクローズアップ現代みた?」

「見た見た!雇用情勢ぱネェw」

大河ドラマ痺れるよねぇ~!!」

徳川慶喜カッコィイ♪」

こんな珍妙な会話をする女子中学生は、一人もいません。

 

努力すればいいものの、私はバカでした。

 

私(グループに溶け込むためとはいえ、何故、興味のない物を一生懸命見ないといけないんだ?時間の無駄じゃない?自分の好きなことやった方がよくない???)

 

私は、自らグループと距離を取りました。

 

そして、

 

「学校で漫画は読めないから、『燃えよ剣』を読もう!!(`・ω・´)キリッ」

燃えよ剣〈上〉 (新潮文庫)

燃えよ剣〈上〉 (新潮文庫)

 

 

当時、NHK大河ドラマに、ハマっていた私。

歴史モノがマイブーム!!!

司馬遼太郎山本周五郎が大好き!!!

 

www.shinchosha.co.jp

www.shinchosha.co.jp

 

教室の隅で、時代小説を読む日々が始まりました。

 

クラスのリーダー格に目を付けられる

誰とも話さず、ひたすら本ばかり読んでいる。

そして、たまに寝る。

そんな私は、教室で浮きまくっていました。

 

2年生のクラス替えをして、間もなく。

4人の男子に目を付けられます。

クラスのリーダー格で、チンピラ風グループ。

授業中もギャーギャー騒いで、先生を困らせていました。

授業崩壊は、日常茶飯事。

 

 

 

 

「ブース」

 

 

ある日、チンピラグループの1人が、私の席に来て言いました。

 

残りの3人はゲラゲラ笑って、後に続きます。

 

「根暗」

「ばい菌」

「キモイんだよ!!!」

 

クスクスクス。

クラス中から、笑い声がしました。

 

クラス全体のいじめに

その日を境に、イジメはエスカレート。

チンピラ4人グループに、いびられる日々が始まりました。

毎日「キモイ」だの「ブス」だの悪口を言われました。

4人グループな上に、大柄な男子だったため、私は、怖くて何もできませんでした。

 

いじめられる前は、話しかければ他のクラスメイトは、私と話してくれました。

けれど、いじめが始まってからは、クラス全員無視。

授業の「二人組つくってー」は地獄。

授業中、休み時間問わず、いじめられました。

 

不登校になった私

私は、毎日泣きながら帰ってきました。

 

私「…学校行きたくない。もうヤダ。」

 

母「どうしたの?」

 

私「……… イジメられてる」

 

母「そっか…じゃあ、休んじゃおっか」

 

母は何も聞かずに、学校に休みの連絡を入れてくれました。

私は学校を休みがちになりました。

 

もう二度と学校へは行きたくない・・・。

 

そう思いました。

 

けれど、「もう学校行きたくない」と私が言うと、

 

「お母さんも、いじめられた事があるから、分かるよ。」

「でも、今は幸せだよ。」

「高校に行けば、状況は変わるし、大学はすごく楽しいよ。」

「社会に出たら、そんな馬鹿な事する人は、いないよ。」

 

と母は言いました。

 

始めは「そんな訳ない!」と思っていました。

けれど、小学生の時は楽しかったし、進学したり、就職すれば、また状況が変わるかも、と思うように。

 

男子にいじめられていたので、母に女子高を進められました。

推薦入試もあり、行きたい高校は、私の成績でパスできそうでした。

 

このままじゃ、高校に入れなくなっちゃう…

そう思った私は、休み休みでしたが、また学校に通うようになりました。

 

受験シーズンになり、イジメは収束

3年生になり、クラスは受験の話題で持ち切りに。

チンピラにとっても、受験は重要だったよう。

私のことを忘れて、付け焼刃の勉強を始めました。

 

受験のおかげで、イジメは徐々に収束。

卒業の時も孤立はしていましたが、悪口は少なくなりました。

 

頑張って登校し続けた甲斐があり、私は、第一志望の高校に推薦で入学。

 

そして、卒業式。

「もう、こんな奴らと一緒にいなくていいんだ」と、泣けました。

子供が不登校になりかけた時の対処方法

立ち直れたのは、親のおかげでした。

特に母。

母には、今でも、とても感謝しています。 

我が家は共働きの家でしたが、学校で何かあると、いつも私のことを優先してくれました。

 

不登校の状態から、私を立ち直らせるために、母がしてくれたことを紹介します。

 

まずは休ませる 

「このまま学校に行かなくなって、引きこもりになったらどうしよう…」

「進学、就職に響いたらどうしよう…」

子供が学校を休みがちになると、こんなことが心配になりますよね。

 

でも、子供は、親以上に不安です。

だって、自分の人生だから。

私自身、半不登校になった時は、休みながらも「今の状況はまずい」と思っていました。

 

そこに、「学校行きなさい!将来に響くよ!」と言われると、「分かってるよ!」と余計に、引きこもります。 

 

私の母は「休みなさい」と言って、気が済むまで、休ませてくれました。

長いと一週間連続で、休む事も。

「学校に行かないとまずい」という、気持ちが徐々に強くなり、私は自発的に登校しました。

 

休みがちだけど、頑張って学校に行っている、

休んで1週間くらい、

という状況なら、そっとしておいて、いいんじゃないかなと思います。

 

外に連れ出す

学校に行かないからといって、ずーっと外に出ないのは、マズイです。

家に引きこもっていると、余計なことばかり考えて、悶々とします。

体調がよさそうな時は、外に連れ出しましょう。

 

私の時は、近所の神社に散歩したり、数駅離れた町の散策をしたり、レストランで食事をしたり、しました。

 

「お母さん、あそこの神社行ってみたいんだよね。一人じゃ寂しいから、付き合ってくれないかな?」 

母が、私を連れ出す時は、こんな誘い文句でした。 

 

「外に出なさい!」と言われるよりか、こういう風に言われた方が、「出ようかな」という気分になります。 

 

 

ただ話を聞く

「精神状態も良くなかったし、何を考えているのか、分からなかった」

中学時代の私を思い出す度に、母はそう言います。

 

確かに、引きこもっていた時は、割と無口でした。

けれど、なんかのタイミングで話したい気分になります。

 

私が話を始めると、たとえ話の内容が支離滅裂でも「うんうん」と母は、聞いてくれました。

それに、とても救われました。

アドバイスは、求めていません。

ただ聞いてほしいんです。

話すだけで、気持ちの整理ができます。

 

「こんな話でも、きちんとオカンは聞いてくれる」と嬉しくなります。

聞いてもらった後は、ちょっと前向きに。

繰り返しているうちに、学校に行く勇気も湧きます。

 

いじめられた経験を話す

いじめられっ子は、損ばかりではありません。

自分の子供がいじめられた時に、体験談を話す事ができます。

生き証人が話す事なので、とても共感できるし、説得力があります。

 

どうやって、いじめから抜け出したのか、その後の人生で、どんないい事があったのか、できるだけ、詳しく話してあげて下さい。

いじめの渦中にいる人間には、大きな希望になります。

 

母も、いじめられた経験を、よく話してくれました。

「お母さんもね、いじめられて辛い時期があったの。でもね、進学したり、就職したり、環境が変われば、状況も変わるよ。きっと大丈夫。」

 

 はじめのうちは、「お母さんと私は、違うもん!私は、ずっと、このままだもん!」と思っていました。

 

けれど、母の体験を何回も聞いているうちに、

「私も、いつか幸せになれるかな」

「それなら、頑張って、学校に行こうかな」

という気持ちが、湧いてきました。

 

勉強できる環境を作る

休んでいる間も、勉強はとても大切。

多少休んだ期間があっても、内申さえ良ければ、高校の推薦を取ることも可能です。

実は私、第一志望の推薦を受けるには、出席日数が足りませんでした。

けれど、成績を見て、志望校の先生がオマケしてくれたんです。

私は、勉強が嫌いです。

でも、この時は、しておいて良かったと思いました。

 

私は、学校を休んでいる間、塾で勉強していました。

塾じゃなくても、自宅学習で大丈夫。

静かな部屋があれば、勉強はできます。

「勉強なんかするか!」と突っぱねちゃってると、ちょっと困りますが、意欲があるなら、勉強できる環境を整えましょう。

 

※必要な出席日数は、公立に行くか私立に行くか、一般受験するか推薦受験するかで、異なります。

志望校に必要な出席日数を、事前にチェックしておくと、安心ですよ。

tsushin-bup.com

 

 

テストの日は必ず行く

母は、気の済むまで休ませてくれましたが、テストの日は「行ったら?」と言いました。

私も反発する事なく、テストの日は登校しました。

推薦を狙っていたので、テストの点だけは重要。

いい成績が取れると、明るい未来が見えます。

テストは、モチベーションアップに繋がります。

 【スポンサー】

お子様をほったらかしにしない仕組みも充実【ネット松陰塾】

 

休みの日を、子供と一緒に決める

母と決めて、毎週水曜日を、休みにしていました。

確か中学2年の時は、ずーっと水曜日は休み。

学校の先生には「アトピーの治療で、通院する」という口述で、OKをもらいました。

私が学校に通い続けられたのは、これが大きかったです。

月、火辛くても、水曜日まで頑張れば、なんとかなる。

木、金辛くても、土曜日になれば、大丈夫。

そう思って、学校に行くことができました。 

 

「どんなことがあっても、味方だよ」と伝える

いじめのストレスから、母に八つ当たりをしていた私。

暴力はしませんが、口が立つので、結構酷いことを言っていました。

母からすれば、 理不尽な怒りをぶつけられて、散々だったと思います。

言い争いになる事もありました。

 

けれど、母はケンカの後に、いつもこう言いました。

 

「どんなことがあっても、味方だよ」

 

私は「うざいなぁ!」と返しましたが、心のどこかで、嬉しいと思っていました。

こんな状態でも、母は、私を見捨てないでくれるんだ・・・。

そう思うと、何とかやっていけそうな気がしました。

いじめられっ子と、いじめっ子のその後

いじめっ子が、出世する、勝ち組という話も聞きますが、私は例外でした。

中学時代のいじめっ子は、残念な感じの生活を送っています。

 

私は、大人しいので、いじめるのに最適なんでしょう。

高校、大学も、一部の人に目をつけられて、ちょっかいを出されてました。

けれど、就職を機に立場が逆転。

 

私は、リーマンショックのあった就職氷河期に、就活をしていました。

employment.en-japan.com

いじめっ子が全く内定を取れない中、運良く、そこそこの企業に内定を貰いました。

私の就職先を知ったいじめっ子は、それ以降、一切ちょっかいを出さなくなりました。

 

それどころか、

「どうやったら、内定取れるのか教えて下さい!!お願いします!!」

と懇願する始末。 

 

選考側じゃないんだから、そんなん知らんがな・・・^^;

  

いじめっ子が、就活で苦戦する中、内定をゲットした私は、遊びまくり。

結局、いじめっ子は、就職留年したり、あからさまにヤバそうな企業に、入社していきました。

 

大手の内定を勝ちとったのは、分け隔てなく人と接していた子や、いじめられっ子たち。

風の噂で、近況が耳に入りますが、大好きな仕事で出世したり、家庭を築いたり、とても充実した生活を、送っています。

 

「復讐してやる!」と考えた事はなかったんですが、因果応報みたいな結末だったので、気持ちは快晴★

オバチャン、性格悪いね(´∀`;)

 

あ!因みに、もう退職しちゃったから、今は、無職のオバチャンよw

でも、大好きな夫のお陰で、毎日楽しいです。

 

今が辛くても、楽しい時が必ずくる!

いじめ渦中にいる間は、「一生このままだ!」と思いがち。

けれど、親が話しを聞いてあげたり、自分の経験を話すことで、「いつか自分も幸せになれる」と、子供は希望が持てます。

 

子供がもし、いじめに合ったら、私も母と同じように、接してあげたいです^^

 

にほんブログ村 マタニティーブログへ